第二章『小さな追跡者』── 8番鉄塔 ──
● 二人は来た道をそのまま通って、出発点のしいの木公園まで戻って来た。公園内の水道で手を洗い、ベンチに腰掛けてリュックを下ろし、一休みをすることにした。
「六ちゃん、メンチ食べていい?」
「そうだな、俺も食べよ」
少し冷めたメンチを
「これも、かなりうまいね」などと言いながらロクマツは食べた。
ベンチからは公園内の9番鉄塔がよく見え、口のまわりと指を油ぎらせたロクマツが、
「やっぱ、この鉄塔が美観鉄塔だってゆうのが分かるな~」と言った。
「だろ? この鉄塔だけ、美観がいいだろ?」
「うん、分かるようになった‥‥ような気がする」
六太郎はロクマツが少しは鉄塔に興味を持ったんじゃないかと嬉しかった。
メンチを食べ終えると、また水道で手を洗い、リュックからタオルを出して手を拭いた。するとそんな二人を近くの木陰からじっと見ている子どもが一人いることに気がついた。
年齢は1・2年生くらいだろうか。気の弱そうな細い顔をしたその子は、何も言わずにじっと見ているだけだった。
「知ってる子?」と六太郎は聞いてみたが、
「知らないよ、あんなやつ」とロクマツは言った。
そして二人とも何も言わずに9番鉄塔の下にまで戻り、反対側の8番鉄塔に向かって送電線をたどり始めた。
9番からのカウントダウンなので、あらかじめ残りの本数が8本だということが分かっているため、先ほどよりも不安感はなかった。しかも次に向かう鉄塔は、たぶんあの馴染み深い桜通りの中央分離帯に連なる鉄塔だろうということを、二人とも予測していたからだ。なので、自転車で送電線を追う際も公園の外周道路をグルッと回り、桜通り方面へ向かっていくものだと信じていた。しかし送電線は、そんな想像とは違うことになっていた。
しいの木公園から出たところの上空では二方向の送電線が交差していて、桜通りに連なっている鉄塔群は、二人がたどっている金ヶ作線とは別の送電線だったのだ。
けっきょく二人が目指していた金ヶ作線の8番鉄塔は、クリーンセンターの焼却施設の端っこに建っていた。
「ロクマツ、これが8番だな」
二人はクリーンセンターの職員用の出入り口のやや横に自転車を止め、金網越しに敷地内の鉄塔を観察した。関係者以外は立ち入り禁止であろうことは、あきらかに分かっていたからだ。道路側からは敷地内の樹木がじゃまで、なかなか鉄塔の全体を見ることができない。六太郎は例の表示板を必死になって探した。
「あ! あった~!」
六太郎はやっと見つけた。
「おい、番号あったぞ。ちゃんと金ヶ作線8って書いてある」
「え? ほんと? どこどこ?」そう言ってロクマツも表示板を確認した。
「ねぇ、この鉄塔ってさ、腕の形がほかのと違うね」
「腕? 電線をつないでる部分のこと?」
「そう‥‥、ほら、こお~んな形」
と、ロクマツは自分の腕を90度くらいに左右に広げてみせて、ちょっと笑った。
「よく気が付いたな。まぁ、これは単純に角度の問題だな。送電線てのは大体が真っ直ぐに伸びてることが多いけど、ここでググっと曲がってるってことだ」そう言いながら六太郎は、リュックからトランプのケースを取り出して今度は『スペードの8』を抜いた。
「あれ? なんでスペードなの?」
「だってさっきの18番鉄塔で、クラブの8を18にして使っっちゃったじゃん」
「あ、そっか‥‥、けっきょく、これで合計何枚目のカードだ?」
「え~っと‥‥、ここで11枚目だな。そして残りはあと7つ」
「7つか‥‥」
と言って、ロクマツはカードに名前を書いた。それを受け取った六太郎は、変電所のときと同様に見つけられて捨てられぬよう、敷地の茂みに向かってカードを投げ込んだ。
カードは高い茂みの中に突き刺さり、見えなくなった。二人は次の鉄塔に向かおうとして自転車のハンドルを握ると、公園の方向に20メートルくらい離れたところでさっきの子が自転車のハンドルを持って立っていた。
「あ、またあいつ、こっちを見てる」と、ロクマツがその子を睨みながら言った。
「ねぇ、あっち行けって、言ってこようか?」
「いいよ、そんなことしなくても‥‥、さ、次行こう」
二人は自転車にまたがって、また送電線をたどって緩やかな坂道を進みだした。
「六ちゃん!」と、後ろからロクマツの声が聞こえて振り向くと、
「あいつ、付いて来るよ」と指差していた。
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