第一章『水筒の水』── 14番鉄塔 ──
● 14番鉄塔の方向へ向かう送電線は、それまでよりも角度を変えていた。しいの木台の住宅地から、やや西側に進路を変え、やがて見えてきた鉄塔は畑の中に建っていた。
「あ、六ちゃん見て! 今度の鉄塔はフェンスがないよ」
「おっ! ほんとだ」
二人は鉄塔の下まで自転車で急いだ。
「ロクマツ、ほら、番号を見てみろよ。ちゃんと14になってるだろ? な、だからやっぱり、さっきの鉄塔は13だったんだよ」
「そうだね‥‥、でもなんで番号が消えてたんだろ」
二人はフェンスのない出入り自由な14番鉄塔を真下に立って、上空を眺めた。さっきまでの住宅地に比べてあきらかに開放感のある敷地だったので、六太郎は大好きな鉄塔をじっくり眺めたかったのだ。
「ロクマツ、ここはおまえにカードを任せるよ。ここなら苦労しないで、ちょうど真下に置けるだろ?」
「あ、俺がやるやる‥‥」
そういうとロクマツは六太郎からトランプのケースを受け取って
「あれ? 六ちゃん、トランプって13までしかないんじゃない?」と真顔で聞いてきた。
「んふふ‥‥、バレた? んふふ‥‥」
六太郎はケースの中から“クラブの4”を抜き出して、
「さっきまでスペードのカードを使ってただろ、んで、14以上はないから、ここからはクラブにしよう! こうやって“4”の横にに“1”を書いて“14”ってことで‥‥」
「なるほど~、六ちゃん頭いいね~」
「だろ? ほら、おまえも名前書けよ」
六太郎は儀式用のカードをロクマツに手渡した。14番鉄塔の真下には畑の土が風で運ばれ、その上には雑草が覆っていた。ロクマツは小さい棒を拾ってきて、鉄塔の中心にあたる場所を掘り出した。
「フェンスがないから、こうやって埋めといた方が安全だよね」
「そうだな、敵に盗られる心配もないしな」
「え? 敵って?」
「そりゃぁ、東京電力の人とか、近所のガキんちょとか、野良犬とか、そういうヤツらに決まってんじゃん」
「まぁ、そうだね」
ロクマツはカードを埋めた上の土を、片足でトントン・ペタペタ固めだした。そしてすっかり埋め終わると、ロクマツは背負ってきたリュックの中から水筒を取り出し、鉄塔の脚部付近の草の上に腰をおろした。
「六ちゃん、スポーツドリンク飲む?」と言ってから、まず自分がひとくち水筒から飲んだ。六太郎も隣に座って、
「俺は水でいいよ」と、自分が持ってきた水筒のフタを開けて、やはりひとくち飲んだ。そして二人はしばらくそこに座ったまま、だまって回りの景色を眺めていた。あと数日で新年を迎える冬場のわりには、陽差しがポカポカとしてとても気持ちが良かった。額にはうっすらと汗さえ浮かび、冷たい水筒の水がとても美味しかった。14番鉄塔の周囲は中くらいの大きさの畑で、ネギや大根が植えられていた。その向こうには、さきほど抜けてきたしいの木台の住宅街が見えた。その反対側には崩れかかった野馬土手の跡が見えていた。14番の風景
「ねぇ、六ちゃん、いま何時かな?」
「わかんないけど、11時半くらいかな」
「金ヶ作ってゆう所はまだまだ遠い?」
「そうだな、まだぜんぜん遠いと思うけど、なんで? もう疲れた?」
「別に疲れてないけど、あと、どのくらいかなって思って‥‥」
「ロクマツ。探検ていうのはな、そんなに甘いもんじゃないぜ。それともここでおまえだけ帰るか?」
「だから疲れたって言ってないじゃん! ほら、次に行こ」
ロクマツは尻に付いた泥を手で払いながら立ち上がった。六太郎も本気でロクマツを帰すつもりはなかったが、負けず嫌いなロクマツの性格を知っていて、そう言えば続けるだろうと考えたのだ。まだまだ探検は始まったばかり。大好きな鉄塔を眺めてまわるこの66探検隊を、最後までロクマツと続けたいと思っていた。