序章『66探検隊結成』── しいの木公園 ──

● この物語は小学5年生の『六太郎』と小学3年生の『ロクマツ』という二人の男の子の、冬休み中のある一日の冒険を記録したお話だ。

9番の風景

● 2歳違いの二人はいとこ同士で、小さい頃からずっと仲良しだった。
この日は六太郎が冬休みの間、ロクマツに家にひとりで東京から数日間の泊りがけで遊びに来ていたのだ。ロクマツの家は六高台8丁目の、いわゆる新興住宅地。近所には『しいの木公園』という広い遊び場があった。


● その日も朝食をすませると、二人はしいの木公園へ遊びに出かけた。家から持ってきたサッカーボールを二人でさんざん蹴りあったあと、六太郎のお気に入りのベンチに腰を下ろして休憩した二人。
「この公園て、ほんとにいいよなぁ~」と六太郎は言った。
「え? 六ちゃん家の近くには公園ないの?」と、年下のロクマツが訊く。
「いや、あるよ、何個も‥‥」
「じゃあ、ここよりも狭いってこと?」
「そうじゃなくて‥‥、景色って言うかさ‥‥」
「木とか芝生とか生えてないって感じ?」
「違うよ、まぁ、あれだよ、あれ!」
そう言って六太郎はしいの木公園の中央に建っているクリーム色の鉄塔を指差した。
「え? あれって、電柱のこと?」
「ばか! 電柱があんなにデカイわけないだろ! あれは鉄塔って言うんだよ」
体育座りをして膝の前に手を組んだ六太郎は、いとおしい物を見るような目でずっと鉄塔を仰ぎ見ていた。
「あの鉄塔がさ、好きなんだよね、なんとなく‥‥」
六太郎にとって鉄塔は、子ども頃から特別な物だったのだ。小さい頃から電車に乗ると、窓から遠くに見える鉄塔にばかり興味を示す子どもだった。大きさや形の違いを比べたり、動いている電車から見える微妙な角度の変化さえも楽しんだ。六太郎にとって9番の風景鉄塔を見ている時は、テレビの怪獣や絵本を見ている時以上の至福の時間だった。ただ、そんな六太郎にとって悲しい思い出があった。
保育園に通っていた5歳の頃、園内に置いてあった電車の本を何人かで見ていた時だ。本の中に鉄塔の写真を見つけた六太郎は、その鉄塔の形や色について友達に自分の意見を言った。でも、まわりの子たちはまったく興味を示さず
「そんなのより、電車の方がかっこいいじゃん」と、誰も鉄塔については語ってくれなかったのだ。その日以来六太郎は、自分ひとりの胸の中で鉄塔を愛するようになった。
今はもう5年生になった六太郎だが、相変わらず黙って一人で鉄塔を眺め続ける少年だった。そんな六太郎の横顔を見てロクマツが聞いた。
「ねぇ、鉄塔って、いったい何なの?」
「電線と電線を結んでる鉄の塔だよ。ほら、桜通りの真ん中にもずっと並んで建ってるだろ?」
「ふぅ~ん‥‥、どこまでつながってるの?」 そう聞かれて六太郎は少し困った。
「それはずっと、つながってるんだよ、きっと‥‥」
「ずっとって、どこよ。外国?」
「違うよ、たぶん電気を作ってる発電所とかじゃない?」
「ふぅ~ん‥‥」
そういうとロクマツは鉄塔のそばに近づいて行ったので、六太郎も立ち上がって後を付いて行った。
「あそこに何か番号が書いてあるね」
六太郎はそれが各鉄塔の番号を示す表示板であることを知っていた。その表示板9番の風景は鉄塔の中ほどの高さにあり『金ヶ作線9』と書かれてあった。
「キンケサクセン9ってなんだろう?」
「あれはカネガサクセンって読むんだよ。五香駅の向こう側にある地名だぜ、ずっと前にさ、ロクマツのお母さんたちと金ヶ作公園てとこに行ったの、覚えてない?」
「へぇ~、そうだっけ?‥‥、で、そこって遠いの?」
「遠いって、どうして?」
「行ってみたいなと思って、その発電所に‥‥」
「え? 行くってどうやって?」
「だって、この鉄塔の電線をたどっていけば行けるんじゃないの?」
「まぁ、そうかもしれないけど‥‥」
「俺さ、冬休みの宿題で絵日記を描くんだ」
「絵日記? それで?」
「ちょっと変わった絵を描きたいんだ、俺。変電所の絵って、珍しいと思わない?」
「おまえ、案外目立ちたがりやだな」と言って、六太郎は笑った。そして少し嬉しかった。絵日記の材料のためとは言え、誰も興味を示してくれなかった鉄塔にロクマツがそんなことを言ってくれたことが嬉しかったのだ。
「そうか、上を見ながらずっとたどっていけば行けるよな、たぶん‥‥」
「うん、行ってみよ!」
「おう、行ってみようぜ! これから探検だ~!」
「そうだ! 六ちゃんとロクマツで、二人揃って66探検隊だ~! あはははは‥‥」
こうして、二人の小さな冒険が始まった。

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